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ダービー!!―フットボール28都市の熱狂
(アンディ=ミッテン著 澤山大輔訳 東邦出版)
「
リーグ優勝かボカを倒すか、どちらかを選べと言われれば、
文句なしに後者を選ぶ」(リーベルサポーター)
ダービーは意地と意地とのぶつかり合い。勝てば天国負ければ地獄。
そんな世界中のダービーを現地取材で纏め上げた本。
この手の本にありがちな「対立の歴史的背景」の説明や
「宗教的対立」「社会的階級による対立」と言った
対立の要素説明も多少あるが、
それよりもそれぞれのチームのサポーターに取材を行い
本音を引き出すことにボリュームが割かれている。
当事者達の声を拾い上げ、
優等生的で消毒されたコメントゼロという点で、この本は素晴らしい価値がある。
著者であるアンディ=ミッテンは
Webサイト「4-4-2」でも執筆をしているライターだが、
この本に納められている記事は、全てアンディミッテンが書いたわけではない。
このことはちゃんと前書きで本人も断っているので、「著」というよりは、「編」とした方が正しいかも。
あと原著の書名は「
MAD FOR IT」なんだけど、内容を考えると「ダービー」よりも
「MAD FOR IT」の方がしっくりくる。ついでに
表紙のデザインも原著の方が素敵だ。
あえて替える必要は無かったと思うけど、翻訳本はそこら辺が難しいのかも。
(更にどうでもいい話だが、ドイツとフランスのダービーは掲載されていない。)
本の中では数多くのダービーが取り上げられている。
「ACミラン vs インテルミラン」「バルセロナ vs レアルマドリッド」と言った
よく知られたダービーもあるが、どちらかと言えばマイナーなダービーの話の方が面白い。
・「ズベズタ vs メタルルグ・クズバス」(シベリアで行われるダービー)
・「イーストベンガル vs モーハンベンガル」(インドのダービー)
・「B36 vs HB」(フェロー諸島のダービー)
↑こんなダービーがあるなんて、知らねぇよwwww
マイナーなダービーの話の方が面白いのは、マイナーであればあるほどダービーが
日常生活と密着していて、緑の体たらくにより現在ダービーが無い都民として、
それをうらやましいと思うからかもしれない。
読み終えた後に改めてダービーの意味を
Wikiで確認してみると
>ダービーマッチ(Derby Match)とは、主にイギリスが発祥とされるサッカーなどの
>球技スポーツで広く使われている、ある共通の条件を持つクラブチーム同士の
>試合対戦形式の地域戦を指す言葉の事である。
となっている。
「共通の条件」があるからこそ「同類相憎む」となり、「対立関係」が生まれてくる。
この共通の条件が、「信仰する宗教」や「社会的階層」という生まれた環境で
ある程度決まってしまうものだと選択の余地は無い。
例えばスコットランドで生まれて家族がカトリック教徒ならば、
どうしたってセルティックのサポーターにならざるえない。
しかし共通の条件が「地域」だと(=宗教的背景や社会的階層は同じ)、
AとBのチームのどちらを応援するかは「たまたま」で決まってしまう。
家族全員リバプールを応援しているが、自分だけは何故かエヴァートンを応援している・・・
理由は特に無い(気づいたらそうなっていた)という具合に。
身の回りにいる友人に東京アホーターになったきっかけを聞いてみると、
・江戸川陸上競技場に行ったら試合をしていたから
・味スタこけら落としとなったダービーを見たから
・戸田のハットトリックという東京七不思議を目撃したから
・はじめての彼が青赤だったの・・・
・ワタシを弄んだ憎いあんちくしょうが、緑蟲だったの・・・
と、
「たまたま」をきっかけとしてアホーターに転落している場合が多い。
チームができてから10年ちょっとならあたりまか。
あと20年ぐらい時が経って、両親や家族や育った街が青赤だったから、
というnatural bone 青赤な割合が増えてくると、
また違った層のサポーターが生まれてくるんだろうなー
現在、青赤ヘディング脳症候群に犯されている多くのアホーターも人生転落のきっかけとなる
「たまたま」が無かったら、
・「俺には緑の血が流れている」
・「全緑疾走1969!」
・「吾らが人民の偉大なる指導者であられるナベツネ様万歳」
と文字にするだけでもおぞましい言葉を口にしている可能性もある。
偶然ってのは自分の意思ではどうにもならないものだけど、大事なものだなと改めて思う。
緑に染まる人生なんて、無駄遣い以外の何物でもないからね。
※yocchi-football.netさんでも紹介されているが、今月はもう一冊ダービー本が出ている。
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8~10月刊行のサッカー本紹介します 「英国のダービーマッチ」
こちらについてはまた別のエントリーで。